舞台「おはん長右衛門」
●桜田淳子さんにはじめての舞台「おはん長右衛門」を紹介します。
この舞台は、行っていないので、行った方は、補足があれば、お願いします。
雑誌、さくらんぼやパンフレットの情報から私なりにまとめて紹介します。
「おはん長右衛門」は、
京都を舞台にした恋愛もので
まだ、大人になってない14歳のおはんが親子ほども違う40歳の遊び好きの男、長右衛門に
関心を持ち、いつしか、お互いに愛し合ってしまう過程を描いた江戸時代の人情ものです。
1978年の東京公演と1980年の大阪公演の2回ありました。
◇1978年10月1日から30日(東京宝塚劇場)
(1)
・おはん長右衛門 二幕七場
西沢裕子 作・演出
長谷川一夫 演出
配役
おはん(京・西陣の帯屋の娘) 桜田淳子
長右衛門(信濃屋) 長谷川一夫
お絹(母) 淡島千景
・舞踊「春夏秋冬」 五場
西川鯉三郎 構成・演出
桜田淳子さんは、若衆、踊る女、唄う女を演じていました。
ちなみに
A席4300円
B席3000円
C席1800円
D席700円
◇1980年3月1日から27日(大阪 新歌舞伎座)
(2)
・おはん長右衛門 二幕八場
西沢裕子 作・演出
長谷川一夫 演出
配役
おはん(京・西陣の帯屋の娘) 桜田淳子
長右衛門(信濃屋) 長谷川一夫
お絹(母) 月丘夢路
・舞踊「春夏秋冬」 六場
西川鯉三郎 構成・演出
桜田淳子さんは、子守、女童を演じていました。
この舞台は、長谷川一夫さんから指名でオファーがあり
桜田淳子さん、はじめての舞台になりました。
桜田淳子さんのお母さんが長谷川一夫さんが好きで、私も見にいくと
いうエピソードもありました。
◇8月中旬 帝国ホテルで製作発表
(3)
桜田淳子さん
長谷川一夫さん
淡島千景さん
桜田淳子:”すべて長谷川先生におまかせいたします”
長谷川一夫:"泣かせるようなことがあっても恥はかかせません”
◇「おはん長右衛門」に出演するにあたって
(4)
不安感と期待感
何かをつかんできますと、、、
◇演技稽古
(5)
長谷川一夫さんが”淳子ちゃんの地を生かして、おはんになってもらいます。
彼女を舞台の上で、一人前に見せるのが私の役目”と
桜田淳子さんの動き、セリフに注文をつけていた。
(6)
緊張の中で始まった稽古、淳子さんは、周囲の注目のまとだった
(7)
セリフはすべて京都べん
(8)
最初にこの仕事が私のところに来た時は、とても信じられませんでした。
今は、期待と不安で、胸はしめつけられるようです。
昔から夢であるミュージカルをやるためには、舞台を経験しておくことは
必要だと思っていたが、なぜ、私が選ばれたのか、、、
こんないいチャンスにめぐまれたのですから先生の芸の真髄を学びたいと思っています。
◇雑誌から1978年の「おはん長右衛門」を紹介します。
(9)
体あたりで熱演
女優への魂、舞台に賭ける淳子
長谷川先生も淡島先生もとってもやさしく指導していただけるので毎日の舞台が新鮮で
楽しいくらいです。
(10)
お芝居のむずかしさをつくづく感じました。
映画は何度かやってるけど舞台は、はじめて
長谷川先生から教えてもらっていろいろ勉強になりました。
(11)
お芝居のむずかしさをつくづく感じました。
映画は何度かやってるけど舞台は、はじめて
長谷川先生から教えてもらっていろいろ勉強になりました。
◇さくらんぼから1978年の「おはん長右衛門」を紹介します。
(12)
(13)長谷川一夫先生の前で堂々と熱演
(14)第一幕 おはんの登場から長右衛門の出会いまで
おはんは、名高い帯屋”帯善”の一人娘
まだ、幼さが残るおはんなのに結婚の話が舞い込む
(15)その頃、京の町で一番に粋な人といえば信濃屋の若旦那長右衛門だった。
長右衛門は遊びのお金に困って、お幼なじみの帯善の女主人お絹にお金を借りる。
長右衛門はおはんのために、真っ赤な髪かざりの布を番頭にことづけてプレゼントした。
おはんの胸にいつしか、長右衛門へのあこがれの心がめばえてくるのだった。
(16)おはんは、紅葉の美しい高雄でいやいやながらお見合いをすることになった。
同じとき、長右衛門は芸妓をつれて遊びに来ていた。
お見合いの席をぬけだして、長右衛門を見るおはん。
長右衛門の美男ぶりにうっとりするおはん。
やがて芸妓達と離れ、ひとりお堂の前で物思いにふける長右衛門の前におはんは立った。
恋心を告白するおはんを長右衛門は軽くあしらうのだったが、
いつしか純粋な愛に遊び人の長右衛門も目ざめてゆくのだった。
(17)第ニ幕 おはんと長右衛門との別れ、そして再び愛
第一幕と第ニ幕との間に、おはんと長右衛門の愛が激しく進行したという設定で第ニ幕が始まる。
帯善の店に長右衛門が金を貸してほしいとあらわれる。
長右衛門はおはんと共に江戸に旅立っためにお金がいるのだ。
長右衛門はおはんがお組の娘だとは知らない。
お絹も長右衛門の恋の相手が自分の娘だとは知らない。
やがて、話をしているうちに、長右衛門もお絹もそのことに気づきぼう然とする。
(18)長右衛門は、おはんのためを思って
心を鬼にしておはんに別れを告げる
泣きくずれるおはん。
お絹は、娘おはんの一途な愛を知って、長右衛門のあとを追わせるのだった
(19)長右衛門と手をとって江戸へと旅立つおはんの幸福そうな笑顔に
客席から嵐のような拍手がおこった。
それは、大きく成長した淳子の新しい旅立ちを祝福する拍手でもあった。
(20)初舞台を絶賛の拍手で飾った淳子・おはんの晴れ姿
客席は、芸能界の大御所長谷川一夫先生を永年支えてきた芸能好きのオバさん達が
すいぶん多かったけど日ごろロうるさく、目のこえた人達なのに
淳子のおはん姿に「かわいらしい。声もよくとおって、初舞台とも思えない度胸の良さ!」とべタぽめ
でした。
各新聞・雑誌の劇評でも「演技がすなおでのびのびしていた」と大好評でした。
三十日間という長い舞台、しかも長谷川先生のお相手を堂々と果たした淳子は、また大きく前進した。
◇「おはん長右衛門」を終わっての桜田淳子さんの感想
(21)長谷川先生のことばで
”テレビは子供、映画はお兄さん、そして舞台はお父さん”と
確かに、芝居のなかには、父のようなきびしさとやさしさがあります。
障子戸の閉め方、着物での座り方など、美しい形で表現していくむずかしさを知り
お行儀作法の勉強になりました。
(22)
10月1日から日までの1カ月間、東宝歌舞伎に出られて、本当に淳子よかったと
思っているんです。
長谷川一夫先生、淡島千景先生らとご一緒したこの1カ月間は
緊張の中にも、とても楽しい毎日でした。
その間、有形無形なものをいつばい吸収し、いろんな面で淳子は変ったような気がします。
東宝歌舞伎に出てる時、長谷川先生からたびたび「もっと背筋をシャンとさせて」と注意されたんです。
そのおかげで、淳子の姿勢がきっと前よりよくなったからだと思います。
1カ月間、長谷川先生に手とり足とりして教えていただいたおかげで、お芝居の
イロハがすっかり身についたようみ気がしました。だから、今後は以前のように迷っ
たりすることなく、ある程度、自信を持ってお芝居が出来るんじゃないかしら
◇1980年3月1日から27日(大阪 新歌舞伎座)
(23)淳子さん、今回は、余裕があり、さらに大きく成長しました。
(24)長谷川一夫先生と手をつないて花道を去って行く淳子おはん。
(25)最近、入手した
1978年10月1日から30日(東京宝塚劇場)で販売された手ぬぐい
☆私の所感
「おはん長右衛門」の感想は、観にいっていないので、わからない。
1978年は、リサイタル5があり、そのリサイタルは、生で、観にいったが
当時の私には、「おはん長右衛門」を観ようとする選択がなかった。
ミュージカルな観たいと思っていたが、「おはん長右衛門」が江戸の頃の舞台という
私の中での負の先入観があったかもしれない。
(私は、時代劇が好きでないにので)
また、長谷川一夫さんの恋愛物、それも拒否反応のひとつだったかもしれません。
あま、仕方ないと思う。
ただ、今回、「おはん長右衛門」を調べて、桜田淳子さん舞台にかける熱意を感じました。
観にいった方がいれば、教えて欲しいです。
観にいっていない方でも、今回の記事を読んで、「おはん長右衛門」の事に何か思う事が
あると幸いです。
◇勲三等瑞宝章を受勲した長谷川一夫さんの記念パーティー
1978年11月4日に帝国ホテル
(26)
☆お祝いに駆けつけた女優さんたちだが、誰だかわかりますか?
夏らしい水着を紹介します。
●”1枚の生写真”コーナー
(31)
●”1枚の切り抜き”コーナー
(32)
●岩崎良美さんのCD「タッチ(2024)/おさるのジョージ」(サイン入り)
をGETしました。
(71)
やはり、サイン入りは、嬉しいですね。
最近は、サインは、
岡田奈々さん、林寛子さん、太田裕美さん、伊藤蘭さん、増田惠子さん、未唯mieさん
ひし美ゆり子さん、水沢アキさん、森高千里さん、相本久美子さん、八神純子さん、南野陽子さん
麻丘めぐみさん、桜田淳子さんを入手しています。
フジコーズの
安藤令奈さん
沖玲萌さん
山下未愛さん
雨宮凛々子さん
今井陽菜さん
上杉真央さん
小杉怜子さん
鈴木心緒さん
髙村栞里さん
入山七菜さん
久木田帆乃夏さん
坂本結菜さん
井手美希さん
藤本理子さん
上西萌々さん
多田七帆さん
三好菜乃さん
のサインをもらっています。
昔、当時は、桜田淳子さんと浅田美代子さんのサインをもらいました。
☆皆さんは、サインは、いかがでしょうか?
●"心に残る名曲コーナー(この1曲)”です。
今回は、夏歌です。
ツイストの「燃えろいい女」です。
(91)
1979年4月5日発売で、作詞は、世良公則さん、作曲は、世良公則さん、編曲は、ツイスト+木森敏之さんです。
世良公則のワイルドなボーカル、ロックです。
資生堂 '79サマーキャンペーン・ナツコの夏(モデル・小野みゆき)キャンペーン・ソング
1979年5月14日 オリコン最高位3位
(92)1979年5月14日のオリコンチャート
☆いろいろ懐かしい歌が入っていますが、皆さんがこのオリコンチャートで印象的な曲はありますか?
●桜田淳子さん情報
・10月15日 「病院坂の首縊りの家」<東宝DVD名作セレクション>
・7月30日 CD『昭和の歌姫伝説 ~ビクター編~』
桜田淳子さんの「わたしの青い鳥」「はじめての出来事 」が収録されています。
ネット情報
・サンミュージックの大石まどかさんのyoutubeで
「秘話!サンミュージック」#7『桜田淳子』と題して
桜田淳子さんのバイオグラフィー(歴史)が紹介されています。
大石まどかさんとサンミュージック名誉顧問の福田時雄さんが桜田淳子さんのお話をしてくれています。
https://www.youtube.com/watch?v=leYOq5W5Vzo
・黒沢清監督が相米慎二監督を語る中で
「お引越し」での桜田淳子さん演じる母・ナズナがある行動をとるシーンを
「日本映画史に残る代表的なシーン。まいったなと感じました」と、
桜田の鬼気迫る演技と、カットを割っているのにそれを感じさせない自然な流れに触れました。
https://news.yahoo.co.jp/articles/67ba994d710f384eb1c9f2ff3bab22748666a34a?source=sns&dv=pc&mid=other&date=20241230&ctg=ent&bt=tw_up
桜田淳子プロジェクト情報
http://www.junkosakurada.com/
・「介護施設、病院、他での秋田弁の語り」の写真が掲載されています。
オンデマンド情報
・Hulu「動乱」「男はつらいよ葛飾立志篇」
・FOD(フジテレビオンデマンド) 「ニューヨーク恋物語」「お引越し」「病院坂の首縊りの家」
・NHKオンデマンド 「澪つくし」「独眼竜政宗」
・Amazonプライム 「飛べ!孫悟空」
・U-NEXT 「海へ ?See you?」「澪つくしスペシャル」「男はつらいよ葛飾立志篇」「病院坂の首縊りの家」
「初恋時代」「独眼竜政宗」
桜田淳子さん以外の情報
この記事へのコメント
おはん長右衛門、淳子さん難しい舞台をやりましたね。
実直な人柄だから、できたのでしょうね。
1枚の切り抜き”コーナー、ポーズも良いし最高です。ありがとうございます。
ツイストの「燃えろいい女」はインパクト強かったです。
世良さんの独特な歌い方がそうでした。
>☆いろいろ懐かしい歌が入っていますが、皆さんがこのオリコンチャートで印象的な曲はありますか?
たくさんあるのですが、まず淳子さんの「サンタモニカの風」です。
長くチャートに入っていたと思います。
その他はタケカワユキヒデさんの「ハピネス」ですね。
>おはん長右衛門、淳子さん難しい舞台をやりましたね。
桜田淳子さん、舞台(特に、ミュージカル)をやりたかったのですが、
長谷川一夫さんから指名でオファーがあったので、受けたのだと思います。
初舞台なので、貴重な経験になりますからね。
>実直な人柄だから、できたのでしょうね。
まさに、そのとおりで、仕事に対する取組みがまじめなので、うまくいったと思います。
>1枚の切り抜き”コーナー、ポーズも良いし最高です。ありがとうございます。
ビキニでないのもよく、スタイルいいですね。
>ツイストの「燃えろいい女」はインパクト強かったです。 世良さんの独特な歌い方がそうでした。
歌い方とアクションがすごかったです。
ロックバンドでしたが、テレビによく出ました。
>>☆いろいろ懐かしい歌が入っていますが、皆さんがこのオリコンチャートで印象的な曲はありますか?
>たくさんあるのですが、まず淳子さんの「サンタモニカの風」です。 長くチャートに入っていたと思います。
「サンタモニカの風」は、1979年2月25日発売ですが
3/12 26位
3/19 28位
3/26 26位
4/2 26位
4/9 26位
4/16 25位
4/23 24位
4/30 31位
5/7 37位
5/14 34位
5/21 32位
5/28 31位
6/4 30位
6/11 40位
と3ヶ月も、オリコン50位内にランクされました。
CMソングに使われたましたので、ロングセラーになったと思います。
>その他はタケカワユキヒデさんの「ハピネス」ですね。
なんとなく覚えています。
ただ、ザ・ベストテンには、出ていないので、あまり記憶がないです。
「おはん長右衛門」残念ながら見てません。
年の離れた長谷川一夫さんと淳子さんの恋物語という事位いしか知らなかったので細かいあらすじを紹介して頂きありがとうございました。
当時は名俳優の長谷川一夫さんが淳子さんを相手役に名指しで指名したというニュースに、凄い方が淳子さんを認めてくれたと嬉しく思った記憶があります。
真面目で一生懸命な淳子さんですから、長谷川一夫さんから多くのことを学んで、その後に本格的な女優の仕事を続けて行く上で本当に貴重な経験となったのでしょうね。
心に残る名曲コーナー ツイストの「燃えろいい女」は資生堂のCM が印象的でした。
オリコンチャートでは、ふきのとうの「春雷」です。この曲がきっかけでふきのとうファンになりました。デビュー曲の「白い冬」は後で知りました。淳子さんが「サンタモニカの風」で夜のヒットスタジオに出演された時、ふきのとうも出演して「春雷」を歌っていたのでその時初めて聞いたような気がします。
>「おはん長右衛門」残念ながら見てません。
私も、残念ながら、見ていません。
当時、選択肢として、見ようというのがありませんでした。
>年の離れた長谷川一夫さんと淳子さんの恋物語という事位いしか知らなかったので
細かいあらすじを紹介して頂きありがとうございました。
私も知らなかったので、手持ちの資料で、調べて、まとめました。
なので、私も勉強になりましたので、紹介できて良かったです。
>当時は名俳優の長谷川一夫さんが淳子さんを相手役に名指しで指名したというニュースに、
凄い方が淳子さんを認めてくれたと嬉しく思った記憶があります。
当時、桜田淳子さんがラジオやテレビに出演する時に、必ずというほど、長谷川一夫さんの話がよく出ました。
それだけ、すごい方との共演だったいう事を再認識しました。
長谷川一夫さんは、映画「若い人」を見て、決めたようです。
>真面目で一生懸命な淳子さんですから、
長谷川一夫さんから多くのことを学んで、
その後に本格的な女優の仕事を続けて行く上で本当に貴重な経験となったのでしょうね。
舞台がはじめてでしたので、本当に貴重な経験だったと思います。
桜田淳子さんは、舞台が好きな事もあって
のちのたくさんの舞台出演につながっていきました。
>心に残る名曲コーナー ツイストの「燃えろいい女」は資生堂のCMが印象的でした。
小野みゆきさんのナツコの夏が印象的でした。
>オリコンチャートでは、ふきのとうの「春雷」です。この曲がきっかけでふきのとうファンになりました。
デビュー曲の「白い冬」は後で知りました。
私は、「白い冬」が一番で、「春雷」の印象が薄いです。
当時、見ていたと思いますが、「春雷」は、あまり覚えがありません。
というかこの年齢なので、忘れていますね。
>淳子さんが「サンタモニカの風」で夜のヒットスタジオに出演された時、
ふきのとうも出演して「春雷」を歌っていたのでその時初めて聞いたような気がします。
はい。さすがその通りです。よく覚えていますね。
1979年4月16日の放送ですね。
桜田淳子さんとふきのとうが出演しています。
ちょっと間が開いちゃいましたが、コメントさせていただきます。
淳子さんの舞台を拝見したことはありませんが、一発勝負の舞台で本領発揮される方なんでしょうね。
「アニーよ銃をとれ」にしても、見なかったことが悔やまれます。
☆お祝いに駆けつけた女優さんたちだが、誰だかわかりますか?ですが、視力が落ちてきて判らない人も居ますが、左上が十朱幸代さん、長谷川一夫さんの右は山田五十鈴さんかな。淳子さんの右隣はピーターさん。
我が家に現存しているサインですが、友人が仕事関係で一緒になったので貰って来てくれたという宮沢りえさんと、博品館でthanks45を購入していただいた淳子さんのと、此処では詳細を割愛しますが、噺家さんの二点は色紙です。
1978年頃か、大洋ホエールズの田代選手、辻選手、福島選手は、バインダーの表紙に書いていただいた物があります。
また、友人の仕事の手伝いをした際にお会いし、自動車の写真集にサインをいただいたのは、レーサーの高橋国光さん。
噺家さんの著書や、プログラムに頂いたのが何点かありますが、
書き込み乍ら、淳子さんの横書きがあったはずと思い出したのは、昭和49年の日劇で、ポスターと一緒に購入したものかもしれません。
友人のレコード屋にキャンペーンに来た三善英史さん、殿様キングスなど、昭和50年前後の歌手の方々のも何枚かあったんですが、隣家からの類焼で焼失してしまいました。
ヤフオクなどに出品されている物もありますが、何らかのご縁の記念としていただくもの以外には、その価値を感じませんので、昭和49年の日劇での1枚以外は、買ったことはありません。
※決して、買う事を否定するものではありません。
1979年5月14日のオリコンチャート
何時も楽しみにしているんです。
淳子さんの「サンタモニカの風」、34位ですか。
博品館で「一緒に歌ってください」って言われたけど、ちょっとでも間違ったら拙いと、口パクでした(笑)
カバーと本家が同時にランクインって言うのも、多くありましたね。
この頃の曲の殆どが、フルにではなくとも歌えますね。
長くなって、ごめんなさい。
>ちょっと間が開いちゃいましたが、コメントさせていただきます。
訪問いただいて、感謝しています。
>淳子さんの舞台を拝見したことはありませんが、一発勝負の舞台で本領発揮される方なんでしょうね。
舞台やリサイタルは、スタッフや共演者やバンドメンバーなどみんなと作り上げていくので、
桜田淳子さんは、そこに魅力を感じていると思います。
舞台は、撮り直しができないので、ドラマや映画と違って、すごい緊張感があると思います。
>「アニーよ銃をとれ」にしても、見なかったことが悔やまれます。
私も「アニーよ銃をとれ」しか見れてないので、悔やまれますが、その時の判断なので、仕方ないです。
>☆お祝いに駆けつけた女優さんたちだが、誰だかわかりますか?ですが、
視力が落ちてきて判らない人も居ますが、
左上が十朱幸代さん、長谷川一夫さんの右は山田五十鈴さんかな。淳子さんの右隣はピーターさん。
問題を出している私も、よくわからなくてすいません。
十朱幸代さんと山田五十鈴さんは、間違いないと思います。
新珠三千代さんが、向かって右下か。。
ピーターさんは、よくわからないです。
すいません。
>我が家に現存しているサインですが、友人が仕事関係で一緒になったので貰って来てくれたという宮沢りえさんと、
博品館でthanks45を購入していただいた淳子さんのと、此処では詳細を割愛しますが、噺家さんの二点は色紙です。
私も「マイ・アイドロジー ~ありがとうのかわりに」で、桜田淳子さんのサインをいただきました。
宮沢りえさんのサインは、貴重ですね。
>1978年頃か、大洋ホエールズの田代選手、辻選手、福島選手は、バインダーの表紙に書いていただいた物があります。
また、友人の仕事の手伝いをした際にお会いし、自動車の写真集にサインをいただいたのは、レーサーの高橋国光さん。
噺家さんの著書や、プログラムに頂いたのが何点かありますが、
あ、忘れていました。
私も1971年、巨人のほぼ、主力選手のサインをもらいました。(コネで、、)
現在、どこかにいって、見つからないのです。
たぶん、すごい価値があると思いますが
あと、フジコーズのメンバーのサインをもらったのを忘れていました。
39jさんは、噺家さんのをたくさんお持ちですね。
>書き込み乍ら、淳子さんの横書きがあったはずと思い出したのは、昭和49年の日劇で、ポスターと一緒に購入したものかもしれません。
桜田淳子さんのサインは、最初は、横書きでした。
>友人のレコード屋にキャンペーンに来た三善英史さん、殿様キングスなど、昭和50年前後の歌手の方々のも何枚かあったんですが、隣家からの類焼で焼失してしまいました。
え!!!それは、大変でしたね。
>ヤフオクなどに出品されている物もありますが、何らかのご縁の記念としていただくもの以外には、
その価値を感じませんので、昭和49年の日劇での1枚以外は、買ったことはありません。
※決して、買う事を否定するものではありません。
そうですよね。
偽物のサインの可能性もありますし、、
私も、サインは、ヤフオクなどでは、買いませんね。
今、本やCDを購入して、サインをいただいています。。
ここ数年で、14人からですから結構集まります。
まだまだ、欲しい人は、いますので、、大物からのサインが欲しいですよ、、、
>1979年5月14日のオリコンチャート
何時も楽しみにしているんです。
ありがとうございます。
当時のヒット曲が、わかりますので、私自身も懐かしく見ています。
>淳子さんの「サンタモニカの風」、34位ですか。
「サンタモニカの風」は、最高位24位でした。
>博品館で「一緒に歌ってください」って言われたけど、ちょっとでも間違ったら拙いと、口パクでした(笑)
そうでしたか、私は、コンサートでは、好きな歌は、間違えてもなんとなく歌っています。
桜田淳子さん、踊りながら ゆったり歌っていました。
また、淳子さん自身が歌詞を忘れるシーンがありました。
>カバーと本家が同時にランクインって言うのも、多くありましたね。
In The Navyとピンク・タイフーン
Y.M.C.A.とYOUNG MANなど
当時、洋楽のカバーが流行っていました。
>この頃の曲の殆どが、フルにではなくとも歌えますね。
長くなって、ごめんなさい。
この頃の曲は、親しみやすいし、しみついています。